ノートルダムが燃えた
ノートルダムが燃えた。
ちょっと混乱しているので。気持ちを整理するために。
ノートルダムは、僕の家から近いわけではないけど、電車1本でいける。その辺には、僕がよく行くコーヒー豆のお店があったり、パリで一番大きな本屋さんがあったりする。そういうわけで、そのあたりにはたまに行く。駅のあるサン=ミッシェル広場からは、ノートルダムが毎回見える。
何度も見たノートルダムなんだけど、一番よく覚えてるのはやっぱり8月、パリに来たばかりの頃に行ったときのこと。
その頃は、慌ただしいながらも、なにかに突き動かされるようにしてパリのいろんなところを回った。2週間だけ行っていた語学学校は、授業が午前中だけだったから、午後はたいていどこかに出かけていた。
そしてもちろん、ノートルダムにも行った。
当然夏の観光シーズン真っ只中で、長い長い列ができていた。図々しく割り込んでくる観光客に閉口しつつ、中に入る。
中も観光客でごった返している。みんな教会にいることを忘れて喋っていてうるさい。メダルを売っている自動販売機があったりして、なんだか幻滅する。
外に出る。乞食が小銭をねだってくる。さっき並んだ列は、ずっと長いまま。夕方だがまだ陽射しは強い。気が遠くなりそうだ。
おびただしい数の観光客と教会の世俗さ加減で、僕のノートルダムへの印象は塗りつぶされかかっていた。
鐘が聴こえてきたのは、そんなときだった。
その瞬間は、ちょっとラッキーだと思ったくらいだったんだよね。本物の『ノートルダムの鐘』がタイミングよく聴けた、っていうくらいの。
最初は、ごーんごーんと鳴っていて、普通の鐘に聴こえるんだけど、あれはポリフォニーなんですね。何回か鳴ったら終わりかと思っていたら、逆にどんどん声部が重なっていって、全然鳴りやまない。気づくと、初めて聴くような響きがあたりの空間を充たしていた。
とにかく、なんだかとってもうれしい気持ちになった。カトリックでもない自分が、変な話だけど。
鐘の余韻も消えたころに、そのうれしい気持ちのまま、地下鉄に乗って帰った。
そして寮に着く。ボロボロのエレベーターに乗り、自室に着く。木の香りがする部屋だった。
そして、共用のキッチンまで降りていって、ごはんをつくる。変わりばえのしないパスタ。食べて、食器を洗って、自室へ上がる。シャワーを浴びて、本を読んだりする。
そして、本を読みながらふと、今日聴いた鐘の音は忘れられないな、と思った。間違いない。確かにそう思ったんだよ。木のにおいのする、少し暑い部屋で。
ウィーンフィル鑑賞記
旅行記とかあんま書いたことないんですが、今回はちょっと書こうと思います。ウィーンフィルの演奏会、どんな感じだったかっていう。けっこう自分の話多め。
・計画
さて、当初ウィーンに行く目的は、ウィーンフィルではありませんでした。同期Trp.のOさんがウィーンでインターンしていたので、せっかくだし会いに行こうかな、というのがきっかけで、ウィーン旅行を計画し始めたのでした。
それで、「もしかしたらウィーンフィル聴けるのでは?」と思っていたら、ちょうどいい日程にコンサートを見つけたので、チケットの確保に動きました。(なお、Oさんは旅行に行くことにしたとかで、結局会えませんでした。)
で、本来、ウィーン楽友協会(Musikverein)で行われるウィーンフィルの定期演奏会のチケットを手に入れるためには、代理店に頼んで、言い値でチケットを買わなければならないそうです。もちろん、定期会員になっていればその必要はないのですが、定期会員になるためには申請してから数年かかるとのことだったので、それは論外。
しかし、今回の演奏会は、定期演奏会と同じプログラムが定期会員以外に向けて発売される、言わば普通のコンサートだったので、僕でもチケットを手に入れることができたというわけです。
しかしながら、「会員先行予約」というものは存在していて、会員のみに先行してチケットを発売する期間が1週間設けられていました。やはりせっかく聴くならいい席で聴きたかったので、かなり不安でした。
ところが、調べていくうちに「学生会員」のようなものがあることがわかりました。年会費10€を払えば会員先行予約の期間に予約ができる、つまり席を確保できる確率が高まるということです。当然、早速会員になりました。
そして先行予約開始日当日。戦々恐々画面に向かい、時間になると同時に予約をしましたが、案外すんなりと、拍子抜けするくらい簡単に予約できました。2階席中央の前から2列目だったので、かなりの良席だと思います。これで98€なのだからすごい(日本だったら4万円くらいふんだくられますよね)。
・当日
当日の飛行機はシャルル・ド・ゴール空港10:05発、ウィーン空港12:10着。もし遅延したり欠航したりしたらどうしようとか、空港に向かう電車が止まったらどうしようとか、悪いことばかり考えていましたが、普通に飛びました。そういえばかなり早起きしました。
演奏会は19:30からなので、ウィーン中心部についたあとは、ホステルに荷物を置きに行ったり、ちょっと観光したりと時間を使いました。なんというか、非常に落ち着かない時間だった。
18時頃にホールに行って、ネット予約していたチケットを引き換えたんだけど、まだ1時間半あったから、カフェで待つことにしました。
楽友協会から徒歩10分ほど、ウィーン国立歌劇場目の前にあるのが、カフェ・ゲルストナー(Gerstner)。人気のカフェらしく、3日間のうちどっかで行きたいと思っていたのでした。
ブランデー入りのウィンナコーヒーとチョコレートケーキをいただきました。チョコレートケーキ、めっっちゃ甘かった。
そしていよいよ楽友協会へ向かいました。
・会場へ!
ウィーンフィルの定期演奏会だと、服装がフォーマルだという話を聞いていて、でもこの演奏会は定期じゃないし、きっと大丈夫と思いつつ、服を持ってないなりに最大限きれいめの格好をして行ったのですが、案外にカジュアル寄りの人もちらほらいて、まず安心しました。とはいえ、男性は7割くらいスーツでしたが。
ホールは、大ホールのGroßer Saal(=Golden Hall)です。関係ないけど、ほんとにいい席だった。
プログラムは、プロコフィエフの古典交響曲と、マーラー1番「巨人」。それはそれは楽しみにしていました。指揮はダニエル・バレンボイム。
(余談: 3年前、バレンボイムがベルリン・シュターツカペレと来日してブルックナーツィクルスをやったとき、4番を聴きに行ったのですが、めちゃくちゃ感動してしまいました。その年の10月にウィーンフィル聴いたけど(それもブルックナーで7番だった)、正直個人的にはベルリン・シュターツカペレの方が印象に残った。熱量がすごかった。4番が割とそういう曲だからかもしれないけど。あと、後述しますがホールの問題もあったのでしょう。しかもその演奏会、前プロではモーツァルトのピアコンをバレンボイムが弾き振りするという贅沢な仕様だったのです…!)
で、いよいよ開演となりました。
・開演
感想を書きたいところなのですが、正直今は言葉にしたくないなあ(じゃあなんで記事書いてんだよって感じですが)。音が伝わるわけじゃなし、演奏そのものを無理に言葉にしなくてもいいかな。
ということで。開演前、僕の期待とか集中力は完全に巨人の方に向いていたのですが、この古典交響曲がよかったというのが印象に残っている。もちろん演奏も素晴らしかったのだけれど、ホールの響きの特性にも同じくらい驚かされた。
日本のホール、特に新しいホールって、きれいに聴こえるとは思うんだけど、ある意味で響きの個性を弱めてしまっているのかもね、というのが、このホールでの演奏を聴いたあとの感想。最近きちんと音楽と向き合っていないので、えらそうなことは言えませんが、と予防線を張りつつも、でも少なくとも、同じ演奏をサントリーでやったとしてもこの響きにはならないんじゃないか?とは思った。音が滲まない。個々の音がしっかりと主張していて、それがホールの特性によってきちんと聴こえてきた、と思う。
(余談: 1年のとき、合宿に向かうバスの中でさちおに「カール・ライスター大好きなんだよね」って言ったんだけど、さちおは「ドイツ管は音がかためだから自分はポール・メイエとかが好きだ」って言われたんだよね。その違いを、今回再確認した気がする。3日前にパリ管を聴いたときに、木管混ざるなーって思っただけになおさら。)
で、巨人の方ですね。
まず、金管鳴らすなあ!っていう。鳴らすだけじゃなくて華やかな感じがしたのは、やっぱりC管ロータリーすごいなあと思いました。いわゆる録音との乖離でこんなに金管が鳴ってるなら、全盛期シカゴとかどんだけ鳴ってたんだ……という感じですが。木管もよく聴こえる。低弦もよく鳴る。
要するに、全部鳴ってるんです。きちんと全部聞こえてきていて、それでいて他のものをじゃましない、ちゃんと全部聴こえる。音が滲まないというホールの特性と相まって、音が立ってる。小学生みたいな感想なんですが、でもこれ、けっこうすごいと思うんだよなあ。木管とか、パリ管だとこうはならんでしょ、目指してるとこが違う、って感じ。
でも、鳴ってるとはいえ全然力感ないんですよね。他のいろんな面に関しても、とにかく力んでなくて、言い換えると「どこか/なにかにフォーカスしてる感じがない」っていうか。当たり前ながら、技術にしろ表現にしろ、最低限クリアすべきものはクリアしているのがプロであるべきなんでしょうが、その「最低限」のレベルが高い。
ただ、敢えてネガティブな部分を言うならば、リハとかあんまやってないのか、たまーに乱れがみられたというのも事実。やはり彼らからすれば、翌日と翌々日に同じプログラムで行われる定期演奏会の方が本番という感じなのかもしれません。そんなつもりでやってるわけでもないのでしょうが、スケジュール的には仕方がない部分もあるでしょう。バレンボイムについていけてない(もしくはあえてついていっていない?)部分があり、そこはまだ十分コミュニケーションできてないのかもな、とか。
ただ、それは当たり前のことなのだろうな、とも思う。だいたいの演奏会でこういうのは普通に起こることだし。むしろ、最高の指揮者と最高の楽団の間にヒエラルキー的なものはなく、どちらもが音楽を主張できるということなのかな、とも思いました。つまり、もし指揮者の主張が全部通っちゃってたとしたら、今夜の演奏から失われていたものがあったのかもしれない、という。
あと、聴衆の質も高かった。パリでも東京でもどこでもそうですが、楽章間に咳をするために来てるんじゃないかという人とか、演奏中ずーっとプログラム見てる人みたいな、何しに来たのかわからない人とかがいるわけですが、さすがにあの場所にはいなかった。そりゃ咳してる人もいるんだけど、本当に音楽が好きで、演奏会を楽しみにしていた聴衆が集まって、いい演奏会にしよう、というなんとなくの連帯感を感じる、そういう演奏会に出会えることは簡単なことではありません。
そして、Twitterにも書きましたが、某Hrn.くんと再会しました。
2階席の僕の後ろの方にいたらしい。ほんとすごい偶然ですよね。何十億分の2000という確率で一緒のホールにいるのはすごい...とか考えてしまいました。
彼とも話したんですが、同じ演奏/演奏会を共有するのって素晴らしいことだと思いました。1人で演奏会行くのもいいけど、やっぱ人と行くのもいいよね。日本帰ったら誰か行きましょう。
再開を固く誓って、彼とは別れました。そして、ホステルへと帰り、泥のように眠ったのでした。
ということで、旅行記終わり。とっちらかった文章ですみません。
ほかの街についても書いてみたいけど、時間がないから無理だろうと思います。書くとしても帰ってからだ。
また来たいなあ。近代化されたホールもいいけど、楽友協会だけはちょっと別でしょ。ベルリンフィルやパリ管をベルリンやパリで聞かなくてもいいけど、ウィーンフィルはウィーンで聴きたい。本当にまた来たい。みなさんも興味があればぜひ!