マードックについて(完結編)

 いよいよクライマックスです。


 ・O

 昨日も書いてしまいましたが、ここからは天国のマードックを描いていく場面だと思います。このOはその始まり。天国へと昇っていくマードックと、彼を暖かく迎え入れる神様(or天使たち?)を描いている場面です。

 樽屋氏は、キリスト教に関連する事柄を題材に取ることが多いです。この曲はそういうわけではありませんが、まず楽曲解説にもある通り、アイリッシュな曲です(タイタニックを所有していたWhite Star Line社はイギリスの海運企業。マードックスコットランド出身です)。また、マードックはクリスチャンです(当然だろうと思いましたが、一応調べました。結婚式をセント・デニーズ教会というサウサンプトンの教会で挙げていることから分かりました)。

 やはり、樽屋氏の作風にも曲の背景にも、キリスト教というのがあります。なので、ここ以降は、天国へ行ったマードックを描いていると解釈するのが自然かなと思います。


 ・P

 音楽は緊張と緩和でできています。この話は長くなってしまうと思うので割愛しますが、たぶんだいたいわかってもらえるのではないかと思います。

 で、Oの場面は緩和している場面です。幸せとか、心地よいとか、そういう感情が前に出ています。しかし、Pでは、少し緊張が出てきます。悲しいとか、切ないとかが顔を出していると思うのです。

 天国に行くということは、幸せなことでしょう(地獄に落ちなかったという意味で、また美しく理想的な世界に住むことができるという意味で。天国は理想的な世界であるからこそ、絵画や音楽など、美しい形で様々に表現されてきたのです、きれいじゃない天国の絵とかないでしょ?……とかは長くなるので割愛)。ですが、愛する人々との別離というのは、悲しいことです(死というものがそれほど悲しくこわいものだったからこそ、死後の世界である天国を殊更に美化したのではないでしょうか……とかも割愛)。それに、冷たい海(零下2度だったそうです)で死んでいくのがどれだけ寂しくて痛くてつらいことだったか。

 Oからのクライマックスの場面で、一番切なさが前面に出てくる場面は、このPです。この場面で描かれているのは、こうしたマードックの内面、天国に行けたとしても癒されることのない傷なのかな、と思います。


 ・Q

 Oと同じ旋律に戻ってきます。場面も、緩和の場面になってきます。旋律も伴奏も厚みが増すのは、天国の世界とか、神様とか天使とかが、マードックの悲しみや痛み、切なさを感じ取って、癒そうとしているのかなーとか思います(完全に妄想)。


 ・R

 ものすごくドラマティックですよね。普通に幸せに天国で暮らしていきました、とかいう感じではないです。なにか圧倒的な喜びのエネルギーを感じます。

 (で、ここからもかなり想像なのですが、)マードックは最後まで乗客の救助に尽力したと史実にあります。事実、彼は右舷側で指揮を執っていたのですが、左舷側よりも生存者が多かったとのことです。マードックが、文字通り命を懸けた結果、多くの人が救われた。これを、マードックは天国から見下ろしていると思うのです。

 彼はどんな気持ちでしょうか。自分は死んでしまい、手紙を書くことも、船に乗ることも、愛する人々と会うことも叶いません。しかし、彼の献身によって、数百人もの人々が、自分のような目に遭わずにすんだのです。マードックにとっては無上の喜びだと思います。その感情が前面に出ているのではないでしょうか。

 でも、100%うれしい幸せという感じではないです。冒頭とは違って、胸が引き裂かれるような感じも受けます。これは、Pで書いたような感情を背負っているからかなと思います。


 ・S

 Sの2小節前から、5連符や変拍子が現れます。冒頭、Aのところでも書きましたが、時空を揺らしてる感じがします。そう、私たちはマードックタイタニックのいる世界から、元の世界に帰ってきます。
 
 それで、ここで出すのはタイミングがアレなのですが、樽屋氏の楽曲解説の最後には、「マードックからの最後の手紙を”読む”ように聴いていただけたらと思います。」とあります。私たちは、冒頭でマードックの手紙を見つけます。そしてそれを今まで”読んで”、本来の手紙には書かれていないはずのマードックの死後も含めて、追体験してきたのです。

 そして我々は、Sで元の世界に戻ってくるのです。マードックの悲しい感情も喜びも全て呑み込んで、ここでは何が表現されるのかというと、それは各人の想像に任せるべきことだと思います。というのも、ここで表現されるのは、この物語(音楽)を経て得たものだと思うからです。私たち、あるいは友人、あるいは家族が生きているということへの喜びであったり、神の存在への崇敬の念だったりするかもしれません。しかし、それはこれ!と断定することができるものではないと思います。ここまでの物語を経て、各人の胸中に去来するものであると思います。それが何なのか、感じ取るにはまだあまりに合奏が足りません。たくさん吹いていくうちに、わかってくるのではないでしょうか。それこそが、この音楽を通して得るものなのかもしれません。

 


 ということで、終わりです。よかったらみなさんもいろいろ想像してみてください。