目をつむってリズムを

目をつむって、リズムを刻んでみましょう。どんなリズムでも良いです。お時間があれば、お付き合いください。

 

 

断っておきますが、「音楽的スキルに関する」文章ではありませんので、気楽にやってみてください。(関連づけるのはご自由にどうぞ。)

 

 

方法は、あえて指定してみたいと思います。

 

・利き手の人差し指と中指の爪で、机などを叩いてみましょう。常に、人差し指と中指を交互に叩きます。

・音楽を聴きながら、その曲の好きなパートのリズム(メロディ、伴奏、自分の楽器、なんでもいいです)を叩きます。もしくは、例えば4拍子の曲だったら、拍頭をずっと叩くとかもあり。ワンフレーズでOK

(今練習してない曲を選ぶのがいいような気もします、演奏中変なこと考えちゃうかもしれないし。アルヴァマーとか?アルヴァマーの最初のメロディとか、とってもいいと思います)

・音楽は、極力イヤホン・ヘッドホンで聞きましょう。

・そして、ワンフレーズ聴きながら刻んでみた後に、音楽を聴かずに、同じ部分を指だけでやってみましょう。

(・スマホで録画したり、他の人に見てもらったりするのもありです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、結果は、おそらくみなさん同じようなことになるのではないかと思います。つまり、自分が思っているほどリズムを刻めていません。変なとこで叩いちゃったり、細かいリズムが詰まったりね。

 

 

けれども、私たちは「指のリズムが合っていない」と思いながら曲を聴いているわけではないと思います。だからこそ、思ったよりうまくいかないことに対して驚くわけですから。

 

 

 

もちろん、原因はいろいろ見出せます。人差し指と中指の連携とか、取りにくいリズムの傾向とか。

 

でも、僕はそんなことに全く興味が見出せません。気づいておくべきなのは、「それでも私たちは気にせずリズムを刻んでた」ってことなんじゃないでしょうか。

 

 

 

この事実から、「フィーリングの脆さ」を見出す人もいるかもしれません。もちろん、フィーリングでリズムを叩いてみると、いわば「間違い」のリズムを刻んでしまったわけですから、確かにフィーリングってものは脆いものなのでしょう。

 

 

しかしながら、「これが私たちだ」ということもまた、事実としてあります。私たちはどうしても、「リズムを間違って叩いてしまった→私たちは間違ってしまった」と安直に結論を下しがちですが、どうして「私たちは大して違和感を持たずにそのリズムを刻んだ」ということを出発点にすることが少ないのでしょう。つまり、私たちのフィーリングを出発点に置くということです。

 

 

「フィーリング」についてここまで書いたことを、単純な二分法や、善悪の問題に落とし込んで問題解決を図ることは、あまり実りの多いことではないように感じます。そうした方法を推し進めて行き着く先というのは、なんでしょうね......もちろん、すべての物事を単純化する人や、二分法があまねく世界を支配していると思っている人を、全否定するつもりはないですけどね!!それ以外の可能性・領域というのも、考えてみても良いのでは?

 

 

そんなことはさておき、みなさんご飯行きましょう。あと、お部屋が片付いたのでぜひ来てください〜〜!