「丁寧」または「敬語」について

駒場でフランス語のインテンシブの授業受けてたとき、フランス人の先生で「僕のことをtuで呼んでね!」っていう方がいて、けっこう最初戸惑いました。

 

 

(注: ざっくり言うと"tu"は「きみ」で、「あなた」にあたるのは"vous”)

(さらに気になる方へ: "tu”は2人称単数で、心理的距離の近い人に対して用いる。”vous”は2人称複数だが、2人称単数のうち目上の人、また面識のない人などに対しても用いる。)

 

 

つまり、先生に対して「きみ」って話しかける感じです。

 

授業中だけじゃなくて、例えば個人的にオフィスに行ったりしても、"vous"で話しかけたりするとnonって言われて、なんでだろうって感じでした。 

 

 

で、駒場での授業も終わったのですが、細々と(?)交流があります。たまにチャットでやりとりします。そこで気づいたのは、vousで言えるようなことが、tuでは言いにくかったりする、っていうことです。

 

 

例えば(イメージしてください、先生は30歳くらいの若い感じのフランス人男性です)、日本語で言えば、

 

「来週の火曜日か水曜日空いてますか?もし空いてたら午後のどこかでお会いしてお話したいんですが」

 

っていうお願いをするとして、これをtuで呼びかけるような文体にすると、

 

「来週の火曜日か水曜日空いてる?もし空いてたら午後のどこかであって話したいんだけど」

 

っていう感じになるんですよ。前者より後者の方が、なんだか言いづらくないですか?ていうか、前者の言葉を投げかけるのに、抵抗が全くないような気がしませんか?

 

 

 

tutoyerする(tuで呼ぶ)ということは、それだけ相手との距離が近づくということ。それだけ、自分の言葉の重みも増えているような感じがあるわけです。

 

逆に、日本語でvouvoyerする(vousで呼ぶ)とき、つまり普通に日本語で何かを丁寧にお願いしたりするときに、何か自分の言葉が軽くなっているということはないか。極端に言えば、丁寧であればなんでもやっていい、という振る舞い方をしていないか。これはかなり考えさせられました。

 

 

 

もちろん、フランス人の振る舞いと僕らのそれは異なるんでしょう。それに、僕自身敬語を使う文化の中にいるし、それが自分の振る舞いを規定している部分はあって当然だと思います。

 

けれども、単なる「丁寧」は時として、思考停止のコミュニケーションを生むのかな、とか。あえてその「丁寧」をぶち壊したときに見えたものがあったような気がしました。

 

 

 

「丁寧」を使うべきところで使えないのは論外だと思うけど、空虚な「丁寧」もまた慎むべきなのでしょう。

 

敬語を使う・使わないということに関して思いを巡らせる人もいるのでしょうが(Twitterでも見かける気がする)、まずは足元を見つめることなのでは、と僕は思います。