「切迫」についてのメモ

 あるとき、音楽における切迫性というものについて考えた。その際に「切迫」という語について調べ、その概念について考えてみた。以下はその覚え書きである。

 

   * * *

 

 まず広辞苑を引いてみた。曰く、「①非常にさしせまること。 […] ②おしつまること。 […] ③急になること。」*1

 

 おそらく何かある「点」があり、そこに向かって「何か」が迫っているということになるのだろう。

 

   * * *

 

 さて、「切迫」はフランス語で«imminence»である。この«imminence»ならびにその形容詞形«imminent»の定義はおもしろい。

 

 «imminence: Fait d’être en suspens»(「中断されて[宙づりにされて]いるもの」).

 «imminent: A. Qui menace(「何かをおびやかすもの」). [...]  B. Qui est sur le point de se produire(「まさに起ころうとするもの」)»*2.

 

 日本語の「切迫」に最も近い意味内容を持つ定義は「まさに起ころうとするもの(sur le point de se produire)」というものだ。逐語的に訳せば「生じる点の上にあるもの」なのだから、「切迫」の定義である「(ある点に向かって)差し迫る」にかなり近い。同時に«imminent»という語は「おびやかす」という強い意味も持っている。しかしこれはまだ理解がしやすい。

 フランス語の«imminence»という語の特徴的な意味範囲は、「中断された=宙づりの(suspendu, en suspens)」という概念ではないだろうか(ラテン語の«immineo»という語においてもこの概念が顔を出すだろう)。つまり「生じる(se produire)」ということだけではなく、それが「中断され=延期され=宙づりにされる(en suspens)」というアスペクトにも焦点が当たっている。

 日本語の「切迫」とこの概念との間のつながりは、一見薄い。しかし「宙づりにされている」という意味範囲は、「切迫」という語を新たに照らしてくれる。私たちが「切迫」しているときには、何かが中断され宙づりにされているということが確かにあるだろうから。

 

   * * *

 

 «imminence»という語の理解は深まった。ではそこから「切迫」という語に立ち戻ってみる。この語は単に«imminence»から「宙づり」の概念を引き去ったものでしかないのだろうか。否、そうではない。«imminence»を「切迫」に当てはめたときに零れ落ちるのは、「原因の内在可能性」ではないだろうか。

 

 «imminence»という語においては何かが何かをおびやかすということ、ないし何かが(どこかある点において)起こるということが問題になっている。(中断されるというアスペクトが顔を出すとしても、)ここにはひとまず確固たる主体(動作主)があるようだし、主体と客体の区別ははっきりとしている。

  しかし「切迫」では微妙に事情が異なる。もちろんその理由が外在的である「切迫」もありうるだろうが、それと同時に「切迫」の理由が内在的であるという事態の方が前景化していないだろうか。そこでは、「何かが何かに差し迫る」という「主体-客体」の図式は揺らぐ。

 

 単に「何かに追い立てられる、おびやかされる」のであれば、「火急」とか「急迫」とかいった語を使えばよい。だが、それでは物足りないときがある。「急迫」などといった語よりも「切迫」としか言い表せない何かがある。 これは確かに印象論だが、無根拠とも言えない。私たちにそう思わせる理由は何と言っても「切」という漢字だ。

 

 「切迫」における「切」はもちろん、「差し迫ったさま」という意味で用いられているに違いないのだが、同時に「ねんごろなさま」、「苛酷なさま」という意味も想起させる。動詞としての「切」には、「切る」という意味のほかに「責める」という意味がある。そして副詞としては「必ず」、「きっと」という意味を持つ*3

 

 私は切迫している。何かが苛酷に迫ってくる。私は責め立てられる。「それ」はきっとやってくる。その理由は私のうちにある。私は私に差し迫る。私(の中の何か)が、切実さを伴って私に迫ってくる。

 

 そこまで考えて、「切迫」というのはいい言葉だと思った。おそらくこの語においては、「何が」差し迫ってくるのかを問うことが大きな意味を持つことはないだろう。私たちがみるべきは、それが何であるにせよ「迫っている」ということであり、その「必然性」ないし「宿命」であり、同時にその「切実さ」である。「切迫」という言葉は、或る絶対性に対面しつつも、少し湿っているのだ。

*1:新村出編『広辞苑(第6版)』岩波書店、2008年、p.1578

*2:Le Trésor de la Langue Française informatisé, «imminence», «imminent».

*3:『全訳 漢字海(第3版)』三省堂、2000年、p.160